Star.31 異変

 月影は壁を背にうずくまっていた。右腕の傷が深い。出血がひどく、もはや自分の武器を持ち上げることもできない。
 陽一はそんな彼を静かに見つめていた。
「お前は強くなった。立派になったよ。けど、お前がお前であることに変わりはない」
「やはり・・・兄上様には・・・勝てませんか・・・」
「そういう意味じゃない」
 陽一は彼にゆっくりと近づく。
「お前は結局、自分の名前を捨て切れなかった。そうじゃなかったら、なんでわざわざ新しい名前に『月』っていう字を入れたんだよ?
 全く別の名前にすればよかったじゃないか」
「!! それは――」
「そして・・・僕が僕であることにも、変わりはないのさ。結局、父の思惑通りに総帥になってしまった・・・お前が最も嫌っていた父のね。
 せめてものというか・・・父の決めた世襲制をやめて、昔のように印術の強さで次期総帥を選ぶことにしたけど、なんてことはない。
 成人になれない僕に跡取りはできないから、そうしたってだけだ。僕は父のお気に入りだったあの頃のままさ。外見も・・・中身もね」
 陽一は自分の服のすそを引き裂き、その切れ端を、月影の右腕の傷口に巻きつけた。
「・・・僕は結局、お前の傷を表面的にふさぐことしかしてやれない。お前の本当の意味での理解者には・・・最後までなれないままなんだな」
 幾重にも巻きつけた切れ端を、強く縛って止血する。月影はそれに抗わなかった。

「うっ・・・ぐっ・・・」
 レグルスはよろめき、片膝をついた。
「ずいぶんあっけないな」
 そう言いつつも、着地した北斗は警戒を解かない。それはみなみも同じだった。
「しかたがないだろう・・・私は・・・私たちは、機械だ。少しでも壊れてしまえば、自分で治癒することは出来ないし、限界を超えて・・・活動することも、できないからな。
 もともと、私は戦闘能力ではなく・・・情報処理に長けた・・・固体として、造られた・・・からな・・・」
 最後は消え入るような声になっていく。
「『固体』か・・・」
 北斗が苦い顔になった。
 そして、レグルスの目から光が消えた。
 しばらく彼を見つめたまま、たたずむ明莉たち。
 と、突然周りの照明が落ちた。
「!?」
 それだけではない。壁や天井がみしみしと音を立て始めた。さらに赤いランプが点滅し、けたたましく鳴り響く警告音。
「これは・・・いったい何が起きてるんだ!?」
 床にも亀裂が入る。警報が反響し、鼓膜が破れそうだ。
「いったいどうすりゃいいんだよ!?」
 光輝が立ち上がって叫ぶ。
「とにかく、総帥のところに合流したほうがいいんじゃ!?」
「よ、よし! それだ!!」
 明莉の提案に皆同意した。まるで地震のように足元が揺れている。
「ポーラは――」
「俺が連れて行く」
 明莉の問いにきっぱりと答えた北斗が、ポーラを背負った。二人の体格は同じくらいだが、ポーラの体は重い。立とうとした北斗の足がふらつく。
「大丈夫かよ。まったく、しょうがねえな」
 怜と光輝が苦笑を浮かべ、両側からその体を支えた。
「さあ、行こう」
 五人は顔を見合わせて頷き、走り出す。
「どうしたの、みなみ?」
 明莉が見ると、みなみは難しい顔をしていた。
「もしかして――【マザー】に何かあったんじゃないかな・・・?」
 みなみは走りながらつぶやいた。

「な、何だ!?」
 同じ異変は、陽一たちの方でも起きていた。
「・・・被害が大きすぎたのだろう・・・プレヒューマンたちはいわば【マザー】の一部だ。
 カペラ、ベテルギウスが機能停止し・・・この分ではレグルスも再起不能となったらしいな。これだけ『壊れて』しまえば・・・」
 月影が苦しげに言った。
「どういう意味だ!?」
「ラボ、計器、システム、そしてプレヒューマン・・・ノクターンの全ては・・・【マザー】によって繋がり、相互に影響し合っているのだ。
 【マザー】が狂い出せば・・・組織の全てが崩壊する。このラボも崩れ落ちてしまうだろう」
「そんな・・・!!」
 絶句する陽一。揺れはますますひどくなっていった。