Star.28 Symmetry World

「嘘だろ・・・」
 皆、目の前に倒れた男をじっと見つめた。もうピクリとも動かない。
「まさか、そんなことって・・・」
 明莉は、光輝に目をやった。後姿が小刻みに震えていたが、それがゆっくりと治まるとともに、彼は口を開いた。
「・・・行こう」
「だけどっ・・・!」
「いつまでこうしてても、同じだ・・・早く北斗や・・・総帥と、合流しねぇと」
 そう言い捨てて、光輝は大またで歩き出した。だが少し歩いたところで立ち止まって、呟く。
「元は・・・人間、か・・・」
「光輝さん・・・」
「私たち、カペラに教えられてここまで来たの」
 みなみが言った。
「あいつも・・・やっぱり元は人間だったんだよね」
「今まで、考えたこともなかったけどな。いや、知ってたはずなんだがな・・・」

 その頃、北斗はポーラとともに小部屋の中にいて、息を切らしていた。
 出会って数秒間の沈黙の後、ポーラが北斗を引っ張ってその場を逃げ出し、リゲルを巻いて、ここにたどり着いたのである。
 北斗は折っていたひざを元に戻し、改めて周りを見た。いくつもの棚が所狭しと並んでいる。
 そして、ポーラ。棚の一つにもたれ、こちらに顔を向けている。
「どうして――」
 どうして。
「分からない」
 なぜ。
 どこか別の場所から、聞こえてくるような。言葉が、反射する。
「・・・名前は」
「ポーラ」
 確かなはずの空間。どこまでも続く棚の並び。
「ポーラ・・・
 そうか、北極星【ポーラスター】か・・・」
 ポーラは、ゆっくりと仮面を外した。

 陽一は肩から血を流していた。
 月影も無事では済んでいない。服にも顔にも、切り裂かれた跡が無数にある。
 両者の戦いは、わずかな休息を得た。
「なあ・・・月夜」
「その名で呼ぶのはおやめください。私はもう『できそこないの弟』ではありません。現にこうして、兄上様とも互角に遣り合っている」
「・・・そうだな。強くなったよ、お前は」
「!?」
 意外な返答にうろたえる月影。
「お前、部下達には『マスター』って呼ばせてるんだろ。それでもその名前にこだわるのは・・・やっぱり、あの頃と違う自分になりたいから、か。
 『月影』。古いことばで“月の光”って意味だ。“夜の闇”じゃない、“光”になるために――」
「な、何をっ・・・」
 さらに取り乱しそうになる月影。だがそこに電子音が響き、通信が入った。
『マスター・・・』
「レグルスか」
『私の細工が・・・破られました。さらに、カペラとベテルギウスが・・・』
「・・・お前の失態だ。とり返して来い」
『は、はいっ!!』

「まるで、鏡を見ているみたいだ・・・」
「君が・・・僕の」
「ああ」
 北斗は包帯を巻いた左腕にそっと触れた。
「理由は分からない。でも、きっと間違いない。お前は『俺』だ。
 あの日・・・俺のこの手から採取されたDNAサンプル。それが今のお前なんだ」
「うん、僕もそうだって思う。どうしてか分からないけど」
「お前は、言うなれば俺の一部だ。そしてこの手にも、お前の一部が入っている」
「えっ!?」
「お前の骨格と俺のDNAが拒絶反応を起こす可能性もあるっつって、事前検査をしたんだ。少量の金属粒子を注射して、適合したからDNA採取装置に腕を繋いだ。
 でもそれが無理やり引き剥がされたせいで、何かおかしな反応が起こって、こんなことになったわけなんだが・・・」
 北斗の顔は穏やかだった。ポーラはおそるおそる手を差し出して、北斗の手の上から左腕に触れた。
「存在を分け合った、もう一人の俺・・・か」
「やっと――見つけた」