Star.21 無限の有限

「二人の両親がもし生き返れば、全てが元に戻る・・・俺はそんな風に考えていた。そんな時会ったのが、レグルスという男だった」
「待っ・・・てよ、もしかしてその話は・・・」
「・・・・・・ああ。俺は奴に死んだ人間を生き返らせる方法があると聞いて、二人の両親と俺の親父の遺骨を持って奴についてった・・・
 そのとき、総帥の言ってた事が頭をよぎったけど、すぐに打ち消してしまった」
「『一度死んだ命は二度と戻らない。それでもなおそれを求める気持ちは分かる。しかしそれを蘇らせようなど、命を軽んじるもののすることだ』・・・だね。
 僕が戦没者慰霊会で言った言葉だ」
 神妙な面持ちで陽一が言った。
「あの場にいる全員に受け入れられたとは思ってなかったけど・・・もう少し、きちんと僕の考えを話すべきだった。
 ただ、北斗たちのことを相談に来てた琴乃には話したんだけど」
「琴乃・・・ちゃん? そういえば、さっきも名前が出てきたけど、確か戦争で死んじゃったって聞いたような・・・」
「違うんだよ、明莉。琴乃は両親と共に戦争を生き残ったんだけど、北斗が無茶なことをしようとしているのに気づいて、必死に止めようとしたんだ」
「そうだ・・・だけど俺は、琴乃を振り切って奴らの所へ行った。でもやっぱり琴乃は後を追いかけてきた」
 北斗は今までに見たことのない表情をしていた。痛みと悲しみに耐えるような。
「しかたがないから俺は琴乃を奴らの眼の届かないところに隠し、奴らの実験に協力した。
 遺骨を預けたあと、俺は自分のDNAを使ってプレヒューマンを造らないかと持ちかけられた。
 まだ死者の蘇生はできないが、一人でも多くプレヒューマンを造ればその分計画は前進すると。もちろん断る理由なんかない。
 俺は奴らの言うままにDNAを提供した・・・この左腕からだ」
 北斗は包帯で覆われた左腕を掲げてみせた。明莉は思わず目を凝らす。
「だが、左腕を機械に繋ぎDNAを採取していた時、侵入者が発見されたと知らせが入った・・・里の救援部隊だ。
 俺は半ば強引にその場から連れ出され、騒ぎの混乱の中奴らのラボが・・・爆発した。琴乃が隠れたままなのに気づいたのは、全てが終わった後だった・・・」
 北斗の手が小刻みに震える。明莉は無意識に北斗に手を伸ばしかけていたが、それは宙に浮いていた。
「戻ってきた北斗はまるで人が変わったみたいになってた」
 怜が不意に言った。
「まだ怪我も治ってないのに、飯食ってるとき以外はずっと木刀を持ち出して素振りをしてた。『自分の考えが甘かったんだ、もっと強くなれたら、もっといろんなことが分かるようになる気がする』みたいなことを言ってた。
 そんな北斗に触発されて、俺も剣をやるようになった・・・しばらくして兄貴も帰ってきて、3人で練習するようになったんだ」
「ただ・・・俺は年々、里に寄り付かなくなっていった。やっぱ、いろいろと思い出しちまうからな・・・」
 光輝が少し顔を上げて言った。
「そして月日は流れ、今に至るってわけだ」

「そう・・・あのときもっと大人だったら、誰も傷つけずにすんだ」と、北斗。
「北斗だけの問題じゃない。俺がもし、兄貴がいなくても大丈夫だったら・・・」
「俺がトラウマに負けなかったら・・・幾度も考えてきたことだ」
 怜も、光輝も続ける。
「僕だって・・・そうさ」
 陽一も3人を見つめ、悔しげに言う。
「あの頃、もっと君たちに注意を向けていればよかった。君たちのことをほったらかしにしていたから・・・」
「・・・ねえ」
 明莉が口を開いた。
「・・・私、ずっと考えていたの・・・みなみのしたことが、どうして『過ち』なのかって。だって・・・私だって、そんな方法があるって知ってたら同じことしちゃうよ・・・
 父さんと母さんが死んじゃったのは、私が幼すぎたのが原因だった。取り戻せるなら戻して、謝りたい・・・
 でも、光輝さんは言ったよね。『過去は変えられない。でも未来を変えることはできる。ありきたりだけど大事なことだ。
 それを忘れてしまうと、大変な間違いを犯してしまう』って。
 それはやっぱり、そんなことがあったからこその言葉だったの? さらなる悲劇を呼んでしまうって、そういうこと・・・?」
「・・・うーん・・・全てが終わって、漠然とそう感じてたけど・・・総帥が説明してくれたことで、よりはっきりした実感になったよ」
 光輝は陽一に目を向けた。明莉もその視線を追う。
「うん、君にも説明しないとね。どうして死者を求めるのがいけないのか、どうして無限の命に反対するのか・・・逆に聞くけど、君はなぜ生きていたいと思うんだい?」
「え!? そ、そんなこと急に聞かれたって・・・」
 うろたえる明莉だったが、陽一は微笑んでいた。
「僕は月夜に封印されて、動くことなく長い時間を過ごしてきた。うっすらとある意識の中、この状態が永遠に続くぐらいならいっそ殺してくれと何度思ったか」
「そんな・・・」
「分かるかい。生きているってことは、何かを生み出すこと。明日の可能性を信じられることなんだよ。
 今日がどんなに辛くても、明日はいい日かもしれない。もしかしたら何かが変わるかもしれない・・・そう思うから生きていられるんだよ。
 機械は死なないけど、与えられたことを繰り返す以外はできないだろ? 自ら何かを生み出し、変えていけるのは『生きて』いるからだ。
 もし命に終わりがなかったら、同じことを繰り返すだけでも何の問題も無い。タイムリミットを恐れる必要がないってことだから。
 限りある命だからこそ、それが終わってしまう前に、よりいっそう素晴らしい未来にしたいと思う。だから人は生きていくんだよ。
 限りある命だからこそ、無限の可能性があるんじゃないかな。
 北斗たちを見ていると切実にそう思う。あの絶望を抱えて、それでも前に進もうとしてもがいている・・・過去にすがるんじゃなく、目の前の未来に向かって。
 大事なのはどれだけ長く生きるかじゃない、どれだけのものを変えていけるかだ」