Star.20 古傷

「怜!!怜―――――っ!!!」
「落ち着いてくれ、コウ兄っ・・・明莉!怜を頼む!!」
 パニックに陥ってしまったらしい光輝を必死になだめながら、北斗が怒鳴った。
「う、うん!!」
 明莉は兵士達の合間を縫って怜に近づき、助け起こした。
「大丈夫!?」
「う、うう・・・」
 怜はどうにか身を起こした。かなり出血がひどい・・・明莉はポケットからハンカチを取り出し傷口に当てた。すると右手の痣がぼんやりと輝く。
「何? 何が起こってるの?」
 驚く明莉を尻目に、右手からあふれ出す暖かな光が怜の傷口に吸い込まれていく。それに伴って出血が治まり、傷口がゆっくりふさがっていく。
 揉み合っていた北斗と光輝も、今は呆然としてその光景を見つめている。最後には、小さなただのかさぶたになってしまった。
「・・・すごいな。もう全然痛くない」
「これ・・・ヤドリギの力? こんなこともできたんだ、知らなかった」
 明莉自身も驚きを隠せない。そこへ軽い足音がした。
「ヤドリギは命の塊。生あるものの望みに応える力だからね」
「!!?」
 ありえない声にぎょっとする一同。いつの間にか積み上げられた兵士達の残骸を背後に、陽一が立っていた。

「まったく、君たちは!! 僕の目をごまかせると思ったの!!!?」
「すみません・・・」
 はたから見るとかなり珍妙な光景である。小さな子供に説教される青少年が4人・・・いや、今更言うことではない。
「はあ・・・ま、いいけど。どっちにしろ、いずれは信頼できる戦力を集めて突入する予定だったしね。・・・大丈夫かい、みんな」
「俺と明莉は大丈夫だけど・・・」
 ちら、と光輝を見る北斗。今は落ち着いているようだが、まだ少し息が荒い。
「例の発作・・・?」
 力なく頷く光輝。
「すみません・・・」
「謝ることじゃないよ」
 優しくなだめる陽一。明莉はそんな二人を交互に見た。その様子を光輝の目が捉えた。
「っ、あの、」
「・・・聞いてくれ、明莉」
「兄貴!?」
 驚く怜に、光輝は静かに答える。
「明莉が戦いに赴くことはもう避けられないなら・・・知ってもらわなければいけないと思うんだ。俺達の過去の傷を」

   俺達にとっての始まりは、あの戦争だった。
   10歳だった俺は、みんなを捜して敵の刃から逃げていた。見慣れた町並みが火の海に包まれ、人々の悲鳴がこだましていた。
   そして倒れていた怜を見つけた。額に大きな傷ができてたけど、息はあった・・・俺は怜を背負って再び立ち上がった。
   それから何気なく振り返った先に、見たんだ・・・。血にぬれた・・・長い刀を持った男・・・そして、その足元に、倒れていた・・・
   俺の、親父とお袋を。

 明莉は引きつった顔をして息を呑んだ。光輝の顔は青く、体が小刻みに震えている。
「それから何が起こったのか、全く思い出せねぇんだ・・・記憶というか、意識がはっきりしてなくて・・・」
「俺はお袋と、それから琴乃と一緒に急遽郊外に造られた避難所にいた。そこへ、意識を失ったコウ兄と怜が連れてこられたんだ」
 光輝に変わり、北斗が話を引きついだ。
「怜は頭に大きな傷を作っていたけどすぐに手当てされて、しばらくして意識を取り戻した。でも、コウ兄が・・・
 時々ヒクヒクって痙攣して・・・そうかと思えば夜中に、突然目を覚まして錯乱状態になったり・・・その状態は、戦争が終わってからも続いた。
 医者の話では、相当怖いものを見てショックを受けたんだろうって。
 しばらく入院してて、いったんうちに・・・怜は俺の家で預かってたから、コウ兄もそうしようってことになったんだ。
 弟と一緒に過ごせば落ち着くかもってことでな。確かに、昼間一緒に遊んでるときはそう見えた。前より若干無口になってたけど。
 でも、それは本当は逆効果だった」
「逆効果?」
「夜になって怜が布団に入って寝入るだろ。そしたら、もう大パニックだ。あとで訊いたら、怜が、死んだように見えたって・・・」
「それってもしかして・・・さっきと同じ?じゃあ、光輝さんの発作って・・・」
「そう。コウ兄は『死んだように見える人間』が怖いんだ・・・両親が死んでるのを見てから、トラウマになってしまってる」
 明莉は光輝を見た。青ざめた顔はまだ戻ってはいなかった。
「ついに専門的な治療が必要ってことになって、コウ兄は遠くの病院に入院することになった。そしたら今度は、怜がおかしくなった」
「!?」
 このとき初めて気づいたが、怜も血の気のない顔でうつむいていたのだった。そして、話している北斗自身も。
「怜は、コウ兄が里の病院に入院しているときも毎日見舞いに行っていた。怜が一番頼りにしていたのはコウ兄だったし・・・
 コウ兄も怜が来てる時はだいぶ落ち着いてたから、一旦退院して様子見ってことになったんだけど。
 でもそのコウ兄が遠くに行ってしまった。確かに怜は、その朝コウ兄を見送ったはずだったのに・・・
 一日中一言も話さない上に、ふらふら出て行こうとするからどこへ行くって聞いたら、『お兄ちゃんのお見舞いに』って・・・
 あの時は本当にぞっとした、このままじゃ怜も壊れちまうって。だから・・・思ったんだ。両親が帰ってこれば、コウ兄も怜も元に戻るんじゃないかって」