Star.18 思い出のカケラ

 まだ揺らいでいる明莉の瞳に、自分が映っているのを光輝は見た。
「何、考えてんだ・・・?」
「・・・・・・、」
 視線をそらす明莉。幾許かの沈黙の後、光輝が腰を上げた。
「ちょっと散歩でもするか? 気分、変えよう」
「・・・はい」
 光輝が先に立って扉を開けると、深刻そうな顔の北斗と怜が歩いてくるところだった。
「どうした?」
 声をかけた光輝の腕をつかんで引き寄せる怜。北斗が声を潜めて言った。
「総帥にみなみを連れ戻しに行きたいって言ったんだ・・・けど、だめだった」
「なっ、」
「やっぱ里の人間には、自分から敵の所に行ったあいつをよく思ってない奴もいる・・・だからそのために戦力を動かしても、一枚岩にはならないだろうから・・・って」
「・・・そう、か・・・」
「総帥も相当苦渋の決断みたいだったけどな・・・さすがに殺されはしないだろうから、機会をうかがってみるって言ってた」
「・・・分かった。少し外の空気吸ってくるよ」
 光輝は後ろにいる明莉を促して部屋を出た。

 二人がやってきたのは、屋敷の裏手にある空き地だった。
「ここはさ、今でこそこんな何にも無いとこだけど、俺らがガキの頃は原っぱでさ。夏になると腰の高さまで雑草が生い茂って、確かあの辺にでっかい木があってさ」
 光輝は暗い気分を振り払うように喋った。
「親達が毎日のように先代のじいさんとこに集まって、会議とかいろいろ難しいことしてたから、暇をもてあましてしょっちゅう遊びに来てた。
 おんなじ感じで遊んでた琴乃とも仲良くなった。・・・ああ、覚えてないか・・・見た目はなんとなくほわんとしてて、ちょっと天然っぽい感じで・・・なかなか乙女チックなとこもある奴だった。  明莉とは好対照だったな、結構なおてんばだったから」
「お、おてんばって!」
 ぎょっとする明莉に笑いこける光輝。
「よくみんなで木登りとかしたんだよ。怜だけいっつも置いてきぼりになっちまって、琴乃に手ぇ引っ張ってもらったりして。あのときのあいつの情けない顔ったらなかったな――」
「・・・怜が?」
 明莉が不思議そうな顔をした。光輝はにっと笑った。
「意外だろ? あいつ今はああだけど、昔は誰よりも泣き虫でな。運動もてんでだめだったし」
 思い出してくすくすと笑う光輝の顔は、少年に戻ったようだった。
「でさ、ある時みんなで教会に探検に行こうって話になってな。そこで北斗と初めて会って、意気投合したんだ」
「探検で、教会?」
 違和感を口にする明莉に、光輝の口調が少し沈む。
「・・・大人たちから、行くなって言われててな・・・神父やシスターが良くない人だって。危ないもんが隠してあるとも言われたっけ。
 でも、総帥から話聞いて分かった。先代は自分に逆らった鈴蘭さんが許せなかったんだな・・・北斗といとこだってことさえ、ずいぶん後になってから知ったんだ」
「そうなんだ・・・」
「次の日、俺達はこの裏庭に北斗を招待しようと思って教会に行った。そしたら北斗の方も紹介したい友達がいるって言った。連れてきたのがお前だったのさ」
「え?!」
「これまた親同士の縁だったらしいんだけどな。ほら、お前の親父さんが総帥の親友で、鈴蘭さんが総帥の妹だろ?ここだけの話、二人は一時期恋仲だったんじゃないかって話もあるくらいだ」
 明莉の驚いた顔が今度は困惑になった。
「まあそれはともかく・・・そうやって俺達は仲良くなって、一緒に遊ぶようになったんだ。あっちこっちでいたずらして、時々大目玉食らって・・・楽しかったなー。
 さっきも言ったけど、いつも怜だけワンテンポ遅れてな。それで大人に見つかることも多かったけど、それもまた面白くて・・・」
「おいおい兄貴、頼むから昔の話はやめてくれ」
 振り返ると肩をすくめた怜がいた。
「なんだよ怜、今さらだろ?」
「そうだけど・・・裏を返せば兄貴の自慢話になるじゃねえか。なあ『神童』様?」
「こら、その呼び方はやめろってのー」
 悪ふざけのようなやりとりに、首をかしげる明莉。
「『神童』?」
「ガキの頃の兄貴のあだ名だよ」
 ふう、と息を吐く怜。
「小さい頃から何でも出来て、同世代の子供の中でも飛びぬけて優秀で・・・先代の期待にそれはしっかり応えてな」
「ん・・・・・・?」
 どこかで聞いた話だ。
「でもって俺はというと、何するにもドジで抜けてて、泣き虫で小心で・・・そんなわけで大人たちがかまうのは、いっつも兄貴だ」
「・・・・・・あ、」
「そっくりだろ?総帥と月夜さんの話に」
 いつもの苦笑いを浮かべる怜。だがその表情はすぐにやわらいだ。
「ただ俺のときは、その兄貴のおかげでいじけずにすんだんだ。いつも俺のことを気遣ってくれてさ・・・どんな失敗も笑い飛ばせるようのなったのも、兄貴がいてくれたからだ」
「ほっとけなかっただけだって」
 光輝は気恥ずかしげに肩をすくめる。
「今日、総帥の話を聞いてて・・・空恐ろしくなったよ。俺達も一歩間違えばこうだったのかってな。淡々と話してるみたいだったけど、総帥もきっと後悔してるんだと思う」

(明莉・・・)
 月影に与えられた部屋で思い沈むみなみ。そこへ扉の音がして、ポーラが入ってきた。
「・・・なあに? どうしたの」
「あのね、僕も会ってみたい、みなみの友達に。だめかな」
「だめかなって・・・どうしてだめって思うの?」
「マスターが許してくれないかもしれない。みなみも嫌かもしれない」
「私は別に嫌じゃないよ・・・むしろ様子見てきてほしいかな、はは」
 力なく笑うみなみ。
「でもあの人が、か・・・」
 少し思い悩むみなみだったが、ふと、顔を上げた。
「行きなよ。自分の思いがしっかりしてるうちに行動しないと、迷っちゃうから」