Star.17 夜想曲

「よ、よろしく・・・ポーラ。私、十原みなみ」
 みなみはぎこちなく挨拶した。
「みなみ・・・・・・よろしく」
 ポーラの声は抑揚がない。どことなく無機質に感じるのは、仮面をつけているせいだけではなさそうだ。
「え、ええと・・・」
 とりあえず何か話さねばと思うのだが、どうしていいのか分からず困るみなみ。するとポーラが口を開いた。
「みなみのこと、教えて」
「え?」
「マスターが言ってた。僕はからっぽだから、いろいろ知らなくちゃいけないんだって。“人間”になるために」

 言葉を交わす二人を見つめる一つの影。それは、先ほどまでポーラと共にいた少年である。
「何をしてる、リゲル」
「!」
 声をかけられて、彼は身をこわばらせた。慌てて振り返ると、そこには背の高い男が。
「ベテルギウス・・・」
「気になるのか?あの二人が」
「別に・・・あの人間がほんとにマスターの思ったとおりのことをしてくれるのか、見てるだけだよ」
「それを気になるというんじゃないのか?」
 軽く笑ってみせるベテルギウスを、リゲルは不快気に睨んだ。

「それでね、明莉ったら滑り台を立ったまま滑るって言って聞かなくてね・・・」
「うん」
 いつの間にかくすくす笑いながら話しているみなみ。ポーラは相槌を打ちながら聞いている。
「で、ほんとにやりだしちゃって、頭からずっこけちゃってね・・・もうおかしいったら・・・あ」
 饒舌だったみなみが突然、黙った。
「・・・明莉」
「・・・・・・?」
「私、明莉を裏切ったんだった・・・」
 その言葉に首をかしげるポーラ。
「・・・裏切ったって、何?」
「え!?えっと・・・信じてくれた人の、敵になっちゃうってことかな・・・。あ、信じるって言葉は・・・」
「知ってる。マスターがいつも言うから。あとリゲルも言ってたから」
「リゲル・・・?」
「友達」
 仮面の奥の口元が、ちょっと微笑んだ気がした。
「みなみと明莉は友達?」
「・・・・・・友達、なのかなあ・・・・・・」
 みなみの瞳から、涙が一筋流れた。そのほおにそっと触れる指。
「泣かないで・・・」
 なおも泣くみなみ。ポーラは少し逡巡してから、思いついたように言った。
「そうだ・・・一緒に来て」

「まんまと持ってかれちゃったわねー、手柄」
 別の部屋。設置されている機械に無造作に体重をかけながら、カペラは目の前の男に話しかけた。
「たいしたことではないさ。少々あの子の背中を押してやっただけのことだ」
 女と見まがう端正な顔を上げた男・・・レグルス。
「しっかし、人間ってのは何であんな単純なのかしらね。よくもまあ何度も同じ手にひっかかること。そんなに親って物が大事なのかしら」
「口を慎め、カペラ」
 レグルスの視線が鋭くなった。
「その発言はマスターをも侮辱することだ」
「・・・そうねー」
 カペラは宙を仰ぐ。
「まあ、あたしたちだってそうとも言えるかしら・・・ね」

「これ、が・・・?」
「そう、僕たちの母親(マザー)
 二人が見上げているのは、天を突くような高さのコンピューターだった。と、そこへやってくる足音がした。
「どうだい、美しいだろう?」
「マスター」
 ポーラが頭を垂れる。月影は二人の間に立ち、同じようにそれを見上げた。
「この【マザー】はすべてのプレヒューマンを生み出し、動かす中枢なのだ・・・そして【マザー】が真の命を手に入れれば、その子供達も等しく命を得ることになる」
「それって・・・」
 月影の口元が笑みを作る。
「そう、ヤドリギだよ」