Star.16 重なり合う想い
光輝は目の前の扉をノックした。返事はない。片手の盆に載せた二つのマグが倒れないよう、そっとドアノブを回して開ける。
中は薄暗い。部屋の主はテーブルに突っ伏していた。
「・・・明莉」
緩慢な動作で上げられた顔。その瞳に涙はなかったが、どことなく虚ろで、瞬きすれば崩れてしまいそうに思えた。
「光輝、さん・・・」
「飲めよ。落ち着くから」
テーブルに盆を置き、マグを一つ取って明莉に渡す。もう一つは自分で口をつけた。明莉も倣う。中身はホットココアだった。
明莉はほう、とため息をつく。光輝はその顔を覗き込んだ。
「大丈夫、か?」
「少し・・・なんていうか、頭の中がぐしゃぐしゃで」
「だろうな・・・一度にたくさんのことがありすぎて、聞きすぎた。思考が追いついてこないのも当然だ・・・」
明莉はもう一口ココアを飲んだ。甘い温もりが体をほぐしていく。
「みなみの・・・ことだけどな」
光輝は少し思いつめた顔をした。
「彼女は昔は俺達とそんなに親しかったわけじゃないけど、やっぱり戦争で両親を失って孤児院に入って、戻ってきてから俺達と行動を共にするようになったんだ。
自分みたいな思いをする人が、一人でも減るようにって言ってた。病院で救護班に加わることが多かったんだが、それもそういう気持ちからだったんだろう。
でもその裏には、自分の両親に会いたいという強い願いがあったんだな・・・」
「私、みなみとそういう話をしたことなくて・・・孤児院では、両親の話とかタブーだったから。ずっとご両親に会いたかったなんて知らなかった・・・
ううん、考えれば分かることなのに考えもしなかった・・・」
光輝の大きな手が、頭にのせられた。
「自分を責めるな。俺達だって気づいてやれなかったんだから。
それに今考えると、みんなで話してても昔の話題になるとつい夢中になっちまって、気がつけば彼女がのけ者になってるってことが結構あった。
ずっと疎外感を抱えてて、淋しかったのかもしれない」
そういえば、と明莉は思った。カペラが攻めてくる直前、4人での練習で盛り上がってしまっていた・・・みなみもそこにいたのに。それが最後の引き金だったのだろうか。
ココアの湯気が、ゆらりと天井に向かって立ち上っていく。淋しさが最愛の人を求め、その結果道を踏み外す・・・
「月夜さんも・・・母親に会いたいって気持ちと孤独感が重なって、危険な研究に走ってしまったんですね。
もともとそういう想いを持った人だったから、みなみみたいな人間が引き付けられてしまうのかな。たとえ・・・仇だって分かっていても」
「・・・そうかもな」
光輝はその言葉を聞いて想いに耽るような顔をした。
「そういえば、明莉は思ったことなかったのか?」
「何をですか?」
「両親に会いたい、って」
その言葉に明莉の顔が引きつった。
暗い地下深くの研究室。みなみは月影に連れられてぎこちなくその部屋に入った。
そこにいたのは二人の少年・・・の姿をしたプレヒューマンだろう。何か話をしている最中だったらしく、足音に二人とも顔をこちらに向けた。
「おいで、ポーラ」
月影が呼ぶと、彼らのうちの一人がゆっくりとこちらに歩いてきた。その顔がはっきり見えると、みなみは気づいた。仮面をつけている。
「この子は他のプレヒューマンと違って『不完全』でね・・・少々特別な調整がいるんだ。みなみ君、きみにはこの子の世話を頼みたいのだよ」
仮面の奥の瞳には、光がなかった。
光輝は地雷を踏みつけたことにようやく気づいた。
すっかり忘れていた、陽一が最後に語ったことを。ヤドリギ――明莉の力が、彼女の両親を死に至らせたことを。
「明莉!! ごめん、ほんとにごめん!! 今のは忘れてくれていいから・・・」
「っ・・・違うんです、大丈夫、ですから・・・」
明莉は光輝を、そして自分自身をなだめるように言った。
「・・・考えないように、してただけですから」
「もしかして・・・自分の責任とか、思ってないよな・・・?」
「・・・・・・」
言いよどむ明莉。
「そりゃ、そう思えちまうのも無理はない・・・けどな」
光輝は手に持っていたマグを置き息をつくと、まっすぐ明莉の目を見て、その両肩をつかんだ。
「大事なのは過去を嘆くことじゃねえ。今をしっかり見つめることだ。
明莉がこのまま自分を責め続けてうつむいたままでいても、親父さんとお袋さんが喜ぶはずないだろ。
過去は変えられない。でも未来を変えることはできる。ありきたりだけど大事なことだ。
それを忘れちまうと、大変な間違いを犯しちまうんだよ・・・月夜さんやみなみのように」
「・・・・・・」
明莉の視線は、空をさまよっていた。
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