Star.15 歴史の時間

「そして月夜さんは・・・ノクターンを造ったんだな」
 怜の言葉に頷く陽一。
「ここから先の話は、明莉以外はだいたい知ってる話だと思うけど・・・そうなってくると、父の跡継ぎは誰もいなくなる。
 間違いなく後継者だと思われた僕は行方不明。仕方ないから新しく後継者に選んだ月夜も里を出て行った。
 残った子供は『不適格』の女の子が二人。そこで、どうしたか」
「・・・・・・?」
「俗に言う、政略結婚みたいなもんさ・・・いや、もっとたちが悪いか。
 当時、里を支えていたのは我が皇家、天河家、そして槙原家――三柱と呼ばれる家々だった。
 僕が封印されてから月夜がいなくなるまでかなり経ってるから、桔梗と鈴蘭は思春期を少し過ぎたくらいの年齢になっていた。
 父さんは二人の娘をこの三柱の他の二家に嫁がせて、跡継ぎを生んでもらおうと考えたわけさ」
 それを聞いた明莉は目を見張った。
「待ってください、天河家と槙原家って・・・!」
「そうだよ・・・天河家は知ってのとおり光輝と怜の実家だ。そして槙原家はかつて君たちの親友だった琴乃の家だ。
 桔梗はまあ、父さん大好きっ子だったからね。素直に言われたとおりに天河の家に嫁に行った。
 しかし鈴蘭――すずは、父さんに勝手に婚約者を決められて大反発を起こした。普段は物静かなあのすずがだ。
 一度決めたら一直線なのは母譲りってわけだね、北斗」
 そう言われて北斗は複雑な顔をした。光輝と怜がちょっと笑った。

「・・・で、結局すずは恋仲だった神父、出雲サトルと結婚した。そして君たちが生まれ、その後父が死んだ。
 遺言では光輝か怜のどっちかが跡を継ぐことになっていたんだが、二人はまだ10歳と5歳だ。できるわけがない。
 そこで臨時に天河の当主――光輝と怜の父親が総帥になった。しかし、起きてしまったんだ。・・・あの戦争が」
 背後で、歯を食いしばる音がかすかに聞こえた。光輝だ。
「月夜が仕掛けたその戦争は多くの犠牲を生んだ。僕が完全に目覚めたのはその只中だった。僕は戦火を潜り抜け、真っ先にすずの所へ行ったんだ。
 すずなら話が分かると思ったし、気になることがあったからね。
 出雲サトルは神父であると同時に、あるものを封印し守り続けていたんだ。里の血塗られた歴史の遺物、高圧縮エネルギー生命体【ヤドリギ】を」

「【ヤドリギ】・・・って、確かこの力・・・!!!?」
 明莉が自分の右手をつかんだ。青白い痣が、最初の頃よりいっそうはっきりと浮かんで見える。
「それはこの里の先人達が封印してきた者たちの生命エネルギーのかたまりなんだ。
 長きに渡って封印されて、その体が朽ち果ててしまうと、残された生命エネルギーはさまよい出ていく。幾つものそれが寄り集まり固まったのが【ヤドリギ】なんだ。
 その巨大な命の塊を月夜は欲した。こいつがあれば、あいつの野望に十歩も二十歩も近づける。里を狙った一番の目的はそれだったのさ。
 それはあの教会の奥にひっそり封印されていた。だから僕はその様子を見に行くのも兼ねてすずの元へ行ったんだ。そうしたらそこに、君と君の両親がいた」
 陽一は明莉の目をまっすぐ見た。
「ええ!!?」
「君の父さんである香阪聖人は僕の親友だった・・・もし僕がこの場にいたらどうするか考えたんだそうだ。
 北斗とすずを他のみんなと共に安全なところに避難させ、自分はサトルと共にヤドリギを守ろうと考えたわけだ。
 ・・・本当は一人で行くはずだったが、妻子が駄々をこねたらしい、『私達にも何かができるかもしれないから』ってね」
「・・・それって・・・」
 以前、怜に指摘された口癖だった。思わずベッドに座っている怜を見やると、いつもより少し硬めの苦笑いが帰ってきた。

「教会の祭壇の裏には隠し扉があってね、僕達はそこからヤドリギの封印された部屋に入った。ところが・・・サトルは、もう死んでしまっていたんだ」
 明莉が息を呑む。反射的に今度は北斗の方を見ると、目を眇め、膝の上に置いた握りこぶしがぐっと音を立てたのが分かった。
「部屋にはおびただしい数の機械兵士がいた。まさにヤドリギに手を触れんとしていたところだ。僕達はそれを止めようとして乱戦になり・・・気がついたときには、ヤドリギの行方は分からなくなってしまっていた。
 ただ敵の手に渡っていないことだけは確かだった。外に流失したことも考え、君の一家は捜索のために里を離れることになった。ところがそれは意外なところから出てきたんだ。君の、手からね。
 ヤドリギにはその名のとおり、他の生命体に『宿る』性質を持っている。より大きく成長するために他の生命エネルギーを取り込み、その生命体の『命』と同化する。その対象が君だった」
「そっか・・・だから、ヤドリギのある右手を切り落とすと死んでしまうんですね。でも、この痣があればすぐ分かるんじゃないですか?ここにヤドリギがあるって」
 陽一は明莉の言葉に首を振った。
「その痣は最初からあったわけじゃないんだ。それができたのは、ヤドリギの力が・・・暴走したときだ。
 君たちが里を離れて数日後のことだ。幼い君には、その力を制御することができなかった。ふとしたことでその力は暴走し、君の家を・・・焼いた」
「焼い、た・・・!? まさか それって・・・」
 明莉の顔が引きつる。陽一はいっそう沈痛な声で言った。
「君の両親が死んだ、あの火事だ」