Star.14 遠き日のはなし

「・・・明莉、明莉!! しっかりしろっ!!」
 光輝が、明莉の肩を強く揺さぶっている。
「・・・だいじょぶ・・・ちょっと休めばよくなるよ・・・」
 力なく笑う明莉。光輝の肩越しに、陽一と北斗、怜の姿が見えた。
「光輝。明莉を屋敷の中へ運んでくれ・・・説明、するから」
 陽一の声には、痛みが混じっていた。

「ここって・・・」
「総帥の私室だよ。俺らもめったに入れてもらえねーんだけど」
 光輝が明莉を椅子に座らせ、自分はそのやや後ろに立った。北斗と怜はベッドに腰掛ける。
 陽一は、机の引き出しから一枚の古い写真を取り出した。
「昔話を始めようか」


  そんなに遠くないむかし、ここ裁きの里を支配していた一人の男がおりました。
  彼には4人の子供達がおりました。上の2人は男の子、下の2人は女の子でした。
  彼は男の子は女の子よりえらいのだと考え、男の子達は自分の手で厳しく育てました。
  一番上の男の子はとても優秀だったので、彼はその子をたいそうかわいがりました。
  彼は二番目の男の子が好きではありませんでした。気弱で、そのうえあまり優秀ではなかったからです。
  女の子達は侍女たちに育てさせました。上の子は素直で彼のことが大好きで、下の子はおとなしく優しい子でした。

  二番目の男の子は父親が嫌いでした。どんなに頑張っても褒めてくれないし、彼の兄ばかりかわいがります。
  兄は何においても彼より秀でていますからしかたありません。でも彼は兄がとても羨ましかったのでした。
  そんな彼にも、優しく慰めてくれる人がいました。彼の母親です。彼女は病弱でしたが、彼のことをとてもかわいがってくれ、理解していてくれたのでした。

  しかし、彼の母親は突然死んでしまいました。
  彼は悲しくて悲しくて泣きました。そんな彼の涙を拭いてくれたのは兄でした。
  彼は兄に問いかけます。なぜ人は死ぬのかと。
  兄は答えました。生きてるものは、みんな最後には死ぬんだと。

  それからも父親は彼に辛く当たりますし、やはり相変わらず兄には勝てません。
  兄はいつも焦るなと言いますが、だんだんその言葉が気休めみたいに思えてきます。
  それどころか、兄は本当は自分を馬鹿にしているのだとさえ思えました。
  こんなとき、母ならばなんと言ってくれるでしょう。きっと優しく慰めてくれるに違いありません。
  彼は本当に本当に母親に会いたくなって、ついにその方法を探すことにしました。
  死者を蘇らせる方法を。


「その、話は・・・」
 陽一は深くうなずいた。
「最初に出てきた男ってのが、この里の前総帥。その一番上の息子が僕。その下の男の子が月夜・・・今の月影。
 上の女の子ってのが、後に光輝と怜の母親になる桔梗。下の女の子が、同じく北斗の母親になる鈴蘭のことだ。
 ・・・父は男尊女卑を絵に書いたような人でね。ついでに狂信的な血統主義者でもあった。優秀な血筋は必ず優秀な人間を生むって考えさ。
 つまり僕と月夜には自分の後継者にさせるべく英才教育を叩き込んでたわけだ。
 その期待に見事に応えた僕のことは猫っかわいがり、応えられない月夜には虐待スレスレの仕打ち」
「そんな・・・!」
「だが、そんなあの人を止められる人なんか里にはいやしない。良くも悪くも政治手腕はある人だったしね。
 月夜は自分を認めてくれる人に・・・母に会いたくて、今のノクターンに繋がる研究を始めたんだ。まだあいつが10歳になるかならないかってときだった。
 あいつは体は弱かったし印術も苦手だったけど、頭の回転だけは素晴らしく速い奴だったから・・・」
 陽一は写真を4人に見せた。まだごく小さい頃の陽一と月夜だった。
「・・・いや、あいつを追い込んだのはあの人だけじゃない。僕だってそうさ。あいつの心に広がっていく闇に気づいてやれなかった・・・
 もっと、僕があいつをちゃんと見てやっていたら・・・」
 明莉には陽一の気持ちが分かった気がした。先ほどみなみに対して抱いた気持ちは、彼の言葉にいくらか当てはまるように思えた。
「やがて僕は、あいつのやろうとしていることに気づいた。そして、止めようとしたんだ。言い争いの挙句もみ合いになった。
 そしてあいつは、無我夢中で僕に対して印術を発動した」
 怜が目を見開いた。
「じゃあ、総帥が長いこと行方不明になってたのは・・・!」
「そう、僕は印術によって封印されていたんだ。あいつは動かなくなった僕の体を地下室に押し込み、また研究に没頭しだした。
 ところが、あいつはとても大切なことを忘れていたんだ」
「大切なこと・・・?」
 明莉は首を傾げたが、他の3人は分かったという顔をした。
「印術というのは危険な力だからね、悪用できないように先人達による呪いが組み込まれているのさ。
 使い手個人の私欲のために術を発動すると、その力は無効になり、使い手自身もその力を失うという呪いが。
 でもあいつの術は不完全だった。だから呪いも不完全に発動したんだ。僕の体は長い時間をかけて、氷が溶けるように元に戻って行った。
 それに比例してあいつの力も徐々に失われていった。
 あいつはそのことに気づいて、いずれ来る僕の復活に恐れをなし、それまでの研究成果を持って里を抜けだしたんだ」