Star.13 月と太陽
「は・・・?」
北斗の叫び声に、一瞬その場の空気が凍りついた。
「いいのかよ・・・明莉が、死んでも・・・?」
「っ・・・出まかせ、言わないでよ!」
みなみがヒステリーに近い叫び声を出す。明莉自身も、にわかに信じられないことだった。
(死ぬ・・・!?)
「出まかせなんかじゃない・・・明莉の右手の力、通称【ヤドリギ】は、明莉が本来持っていた生命エネルギーと融合している。
だから右手を切り落としてしまうことは、明莉の死を意味するんだ」
みなみは真っ青な顔で、否定してくれることを求めるように怜と光輝の顔を見たが、二人は目を伏せた。
「・・・ほんとなの? そんなこと私、聞いてない・・・」
「あたり前よ、言わなかったんですもの」
「そんなっ!!」
カペラの冷徹な一言。計算づくだったのである。
「今更何を言ってるの?あんたはもう後戻りできないわよ。もう一度ご両親に会いたいんじゃなかった訳?」
その言葉に、北斗たち三人の顔色が変わった。
「貴様っ!! またあの時と同じことを、今度はみなみに吹き込んだのか!!!」
「別に嘘はついちゃいないわよ、いずれはそういうこともできるようになるって話。大体あんたの時も今回も、あたしじゃなくてレグルスの言葉じゃないの」
(『あんたの時』・・・?)
北斗とカペラの会話に、明莉は不穏なものを感じた。
「誰が言ったかなんて関係な・・・ぐっ・・・」
「そろそろお黙り」
兵士達による圧迫が強まり、北斗は黙らされてしまった。カペラは満足げにみなみの方へ向き直る。
「さーあ、やってしまいなさいクルスちゃん。 ・・・どーしたの?やらないの!?」
みなみはがたがたと震えていた。
「そんな・・・明莉を殺すなんて、そんなこと・・・」
「やりなさいって言ってるでしょ!? ご両親を蘇らせる条件だって言ったでしょう!!」
「・・・・・・・・・」
(みなみ・・・)
明莉はやるせなかった。彼女の気持ちに今まで全く気づかなかった・・・孤児院にいるときから、ずっと励ましてくれていたのに・・・
みなみは長いこと葛藤しているようだった。そして、
「・・・・・・だめ!! やっぱりできない!!」
叫び、持っていたナイフを地面に叩きつけた。
「何をする!!!」
それを見て激昂したカペラがみなみに向かって手を振り上げた。そのとき・・・
「やめなさい」
深い男性の声がした。思わず、その場にいた全員の視線がその方向へ注がれる。
取り囲んでいた機械兵士たちが道をあける。現れたのは長いマントを羽織った男だった。
「マスター」
カペラが恭しく頭を下げた。北斗たちはそれぞれ男を緊迫した面持ちで見上げている。男はみなみに向かって穏やかな口調で語りかけた。
「君がクルス・・・いや、みなみ君だったな。初めまして。私がノクターンを指揮する者、【月影】だ」
「!!!!!」
カペラと月影以外の全員が息を呑んだ。この男がノクターンの指導者・・・!!
「マスター、なぜこんなところまで? あなた様の出る幕ではないはずです」
「君が彼女を怖がらせているのではないかと思ってな。それに・・・いや、そっちは別にいい」
「は・・・?」
首をかしげるカペラから再びみなみへと目線を戻す月影。
「みなみ君、知っているだろう? 我々は不死の命を造る研究の過程で、どうしてもその【ヤドリギ】が必要なのだよ。
研究が成功すれば失われた命さえ蘇らせられる。君もそれが目的で、我々に協力してくれるのだろう・・・?」
「・・・・・・」
「考えてみたまえ。ここで君の親友が死んだとしても、研究が成功すれば何の問題もない。彼女だって蘇らせればいいのだからな!」
「あ・・・・・・っ!」
みなみは勢いよく顔を上げた。月影の口元が笑みを作る。しかしそこへ、別の声が割り込んだ。
「騙されるな!!」
「総帥!!」
門の上に陽一が仁王立ちしていた。軽やかに飛び降りて月影の目の前に着地する。月影は・・・彼に軽く礼をした。
「これはこれは。もしや会えはしないかと思っておりましたよ、懐かしの兄上様」
「兄上様!!?」
北斗たちの驚愕の声が上がった。陽一は月影を睨み、話し出す。
「何度言ったら分かる、月夜(つきや)。君の理論は幻想だ。不死の命なんてものは造れないし、死んだ人間を呼び戻すなんて不可能だ。
出来上がったとしてもそんなものは生命じゃない・・・生きている限り、死から逃れることなんかできはしないんだ」
不快気に顔をしかめる月影。
「『月夜』などと・・・昔の名で呼ぶのはやめにしていただこう、兄上様。それにそういうあなたの理論こそ間違っている。
というよりあなたはただ、弱気になっているだけだ。そんなものは造れないと思い込もうとしているだけだ」
「確か月夜さんって、総帥と同じくらいの時期に行方不明になったんじゃ・・・?」
怜が声を潜めて呟いた。月影――月夜はさらに話を続ける。
「なぜ分かっていただけないのだ。私はただ、この世界から悲しみというものを消したいだけ。親しい人が亡くなることは最大の悲しみと言っていい。
ならば誰も死ななければ、誰も悲しまずにすむ」
「その題目でどれだけの人が犠牲になった。いったいどれだけの悲しみが生まれたんだ。言ってみろ!!」
陽一が声を荒げる。その光景に北斗たちでさえ驚きを浮かべている。だが月影の顔には再び笑みが戻っている。
「詭弁だと言いたいのですか・・・? しかたがないでしょう、理解しようとしない人間を排除しなければ計画は進まない。
それにさっきも言ったはずだ、死んだ人間だって蘇らせればいい」
「それが詭弁だって言ってるんだ、万が一生き返ったとしても、それは生前のその人とは違・・・」
「もう結構!!」
月影の鋭い声が話を打ち切った。彼はまだみなみに支えられている明莉を視界に映す。
「・・・今回はあなたに免じて、この娘を見逃して差し上げよう。だが・・・次はないと思うがいい」
月影はきびすを返した。カペラと兵士達がそれに従う。
「来たまえ、みなみ君。君の働きはもう十分見せてもらった」
背を向けたままの月影の言葉にみなみは、一瞬躊躇するも兵士に周りを囲まれて、それに従って歩いていった。
≪ ● ≫