Star.10 踏み出した一歩

「っと…このへんにあったよな…うん、これこれ」
 光輝は道具箱の奥から黒い筒のようなものをひっぱりだした。スイッチを押すとカシャンと音がして、先端から金属の棒が飛び出す。
「ん、なかなかいい感じだな。いや、ちょっとメンテがいるか?」
 独りごちていると、扉の開く音がした。怜が部屋に入ってきたのだ。
「ほんとにやる気かよ兄貴」
「言ったろ、決めたって」
「別に止めないけどさ…止めない、けど…」
「はっきり言えって」
 押し黙る怜。光輝はほほ笑んでいる。
「分かってる。心配すんなよ、無理はしねーから」

 訓練場になっている総帥の屋敷の庭から、ひっきりなしに銃声が聞こえてくる。
「脇締めろ。片目つむるな」
「こう…?」
「そう、それでいい」
 明莉の射撃の練習を北斗が指導しているのだった。
「ぐらついてる、左手でしっかり支えろ」
「ん、」
 明莉が標的に意識を集中しようとすると、遠くから声がした。
「明莉ー!北斗くーん!」
 顔をあげると、みなみが翼の車椅子を押してやってきていた。
「翼君、だいぶ落ち着いたから。二人と話したいって」
「……」
 顔を曇らせる二人に翼は笑いかけた…ぎこちなくではあるが。
「大丈夫だよ。僕頑張るから」
「うん…早く歩けるようにならなきゃね」
「それもあるんだけどね、早く…言えるようになりたいんだ。『生きててよかった』って」
「えっ!?」
 思わぬ言葉に驚く明莉。それはみなみも、そして北斗も同じらしかった。翼は困ったように笑う。
「陸上、だめになっちゃったけどさ。それでも、死んじゃうよりは生きてたほうがいいんだよ、きっと。
 心から、そう言えるようになりたいんだ…今は、まだ無理だけど」
「翼君…」
「だからね、二人にありがとうって言っておきたかったんだ。助けてくれてありがとうって」
「翼…」
 北斗は少し泣きそうに顔を歪めた。しかし明莉は慌てる。
「でもっ、私なんにもできなかった…」
「ううん、明莉ちゃんは頑張ってくれたもん。僕の手、必死に握って離さなかったじゃない」
 翼は今度こそにっこり笑った。明莉は胸がつまって、しばらく言葉が出なかった。翼はにこにこと人懐こく笑っている。
 と、遠くからその翼を呼ぶ声がした。
「翼君!」
「あ、看護婦さんだ。そっか、もう検査の時間だ」
「じゃ行こっか」
 車椅子を押そうとするみなみだったが、翼は首を振った。
「自分で戻るよ。みなみちゃんだって話したいでしょう? …北斗さんとかと」
「こ、こら!!」
 顔を真っ赤にするみなみにちょこんとウィンクして、翼は戻っていった。
「ああ、もういつの間にあんなマセちゃって〜!!」
(ははぁ…そういうこと)
 明莉はにやにやと笑いながら親友に囁いた。
「みなみ〜。私、お屋敷に戻ってるからさ〜。たっぷりお話しなさいよ、ほ・く・と・と」
「な、何言ってんのあんたまで!」
 耳まで真っ赤にしながら焦るみなみだったが、思わぬところから助太刀が入った。
「その通りだ。そんなこと言ってる場合じゃない」
 誰あろう北斗本人であった。…この場合助太刀とは言わないかもしれない。
「ちょっとそんなことって何よ!!」
「立ち話してる場合じゃないってことだ。まだ練習残ってるだろう」
「そりゃそうだけど…」
「い、いいよ気にしなくて!明莉の練習のほうが大事だもんね」
 みなみは大袈裟に両腕を振って笑顔を作り後ずさる。その背中が誰かにぶつかった。
「わっ!? 怜君!それに光輝さんも!?」
 木刀をかついだ怜と、黒い筒を持った光輝だった。
「俺らも練習しようと思ってさ」
「『俺ら』って、」
「俺も前線に出るからな」
 そう言って笑う光輝。
「ほんとに!? あ、何ですかそれ?」
 光輝の筒を覗き込む明莉。
「俺の武器だよ」
 光輝がスイッチを押すと金属の棒が飛び出し、さらにバチバチと鳴った。
「こいつで一突きすりゃ連中の回路がショートしてバタン、って訳だ。今は練習だから電流はいらないけどな。さ、始めるぞ」
 互いの武器を構える兄弟。切り合いが始まる。
「ほら、届いてないぞ兄貴!」
「何を!!」
 鮮やかな剣戟に思わず見入ってしまう明莉。はっと北斗に怒られるかと思ったが、彼も木刀を持ち出していた。
「さっき私の練習が優先って言ったの誰よ?!」
「俺だって鍛練がいるんだ」
 プンと膨れる明莉に光輝が笑った。
「明莉も一緒にやればいいだろ? ほら、そこにペイント弾あるぜ」
 こうして四人での練習が始まった。北斗が木刀を振りぬいた隙を、光輝のロッドが突く。明莉の弾を避けた怜の木刀が、真一文字に振り下ろされる。
「なんか楽しいね!」
「ああ、ガキの頃よくこうやって遊んだっけな・・・おっと!」
 怜が、今度は北斗を避けながら笑顔で言った。その様子を、みなみは遠くから見つめていた。