Star.9 それぞれの決意

「翼君! 翼君!!!」
「う、うう・・・」
 明莉が必死になって翼を抱き起こす。翼はぐったりして息が荒い。北斗は明莉の手から翼をひったくり、自分の背中に背負った。
「・・・逃げるぞ。文句はあとで聞く」
「―――っ、」
 北斗は明莉と、それから怜を促して走った。カペラの猛攻をなんとかかわし、建物を脱出する。
「怜、運転任せる!! それと里の本部に連絡!」
「あ、ああ!!」
 4人を乗せたバギーは、全速力でその場を離れていった。

『間違いないんだな?』
 通信機から聞こえてくる声に、カペラは艶やかに笑んだ。
「ええ、確かにあの子ですわ」
『クルスの説得が急務になったな。何か突破口はないのか。あれの心を決めさせる何かは?』
「・・・もう少し、様子を見ましょう」

「何で、何でっ・・・!!」
「他に方法があったなら聞かせてもらいたいな。奴の攻撃をかわしつつ、迅速かつ安全に瓦礫をどける方法を」
 翼に応急処置を施しながら、北斗は淡々と答えた。打ち身より火傷のほうが酷い。特に右足は見るも無残だ。
「そ、それはっ・・・」
「・・・俺たちだけの力で、これ以上のことができたはずないんだよ。せめて他の隊員のみんなが一緒だったら・・・」
 怜が運転をしながら言った。その顔は苦渋に歪んでいる。だが北斗は首を振った。
「そしたらもっと大勢を・・・他に捕まってた人たちをも守りながら戦うことになってた。リスクはもっと高くなってたはずだ」
「っ・・・」
「仕方なかったって言うの!? これくらいで犠牲がすんでラッキーだったって!?」
 明莉が責め立てる。北斗の眉の端が上がった。
「翼はまだ死んじゃいない」

 明莉は膝に巻かれた包帯をぼんやり眺めながら、待合室にたたずんでいた。
 すでに医療班による処置の準備は整っており、帰還するなり翼は手術室に通された。北斗と怜は手当てもそこそこに陽一の元へ事後報告へ向かって、まだ戻ってこない。
ついていこうと思ったのに、北斗の「お前は来るな」の一言でそれはできなくなった。2人とも妙に切迫していたようで、それ以上反論はできなかった。
「明莉ちゃん?」
 名前を呼ばれて顔を上げると、シスターの服をまとった年配の女性だった。一瞬緊張した顔がほっと緩むのが見える。
「無事でよかったわ」
「あ、あの、あなたは・・・」
「北斗の母親よ」
 よく帰ってきたわね、と言って、彼女は明莉をふわりと抱きしめた。優しい瞳。見つめ返していると泣いてしまいそうだ。明莉は目を閉じた・・・
 と、不意に待合室の扉が開いた。怜が蒼白な顔で立っていた。
「翼、が・・・」
 明莉の背中をゾクッと冷たいものが走った。
「翼君がどうしたの・・・?」
「一命は、取り留めた・・・けど、右足が、どうしてもだめだって・・・」
 北斗の母が息を飲んだ。頭が、いや体そのものがぐらつくのを感じる。つまりそれは、歩けないということで、走るなんてもってのほかであるわけで、
「大会はっ・・・大会は・・・陸上は・・・!」
 怜は力なく頭を垂れた。
「・・・無理だ」

 北斗は教会にいた。ぼんやりと虚空を眺めている。背後に気配を感じて振り返ると、母に肩を抱かれた明莉がいた。
「・・・聞いたの? 翼君のこと」
 母の声はあくまで柔らかい。北斗は頷いた。その目にいつもの力はない。
「明莉ちゃんが話があるんですって。母さんは席を外すからね」
「・・・ああ」
 母が出て行くのを待って、明莉が口を開く前に北斗は言った。
「ここは、俺んちの一部なんだ」
「は、?」
「予想はついてると思うが、母さんはここのシスターをしてる。戦いが終わるといつも来るんだ・・・落ち着くから、な」
 北斗はもう一度宙を見上げた。天井のステンドグラスが色とりどりの光を放っている。
「言いたいことは大体分かってる。俺を責めたければ好きにしろ」
「そうじゃ・・・なくて」
 明莉はしばらく口を喘がせた。
「そうじゃないよ、あんたを責めるのは、間違ってると、思うの。私だって、何にもできなかったし・・・
 そうじゃなくて、どうやって、割り切ったらいいの。どんな顔して、翼君に会えばいいの。仕方がなかったんだって、どうすれば言える・・・?」
「仕方がないわけないだろう!」
 北斗が怒鳴った。明莉はびくっとして体を震わせる。北斗がここまで感情的になったのを見たのは初めてかもしれない。
「そんなもの、割り切れるもんか・・・」
 ぎりっと歯を食いしばる音がした。
「俺達にできることは限られてる。だから時には諦めなきゃいけないものも在る。けど自分の手で守れる範囲にあるものは全力で守るんだ。
 その『範囲』をもっと広げるために、俺は強くなるんだ」
「自分の手で守れる範囲・・・」
「そのためには、終わったことを後まで引きずっていてはだめだ。でもばっさり切り捨ててもいけないと思う。
 今だけは悔いて立ち止まっても、それを背負って進んでいくしかないんだ」
 明莉はしばらく思いに沈んでいたが、やがて頷いた。
「だったら、私も強くなるよ」

 その様子を見つめている、2つの影があった。
「・・・怜」
「何?」
「決めたよ。俺も前線に出る」
「っ!? だって・・・!!」
「もう逃げてなんかいられるか。今度こそ俺がお前らを守る。いつまでも立ち止まってるわけにはいかないからな」
 教会の中の2人を見つめる、その表情には強い意志。
「連中の仕掛けてくるトラップだって、俺が直接解除した方が効率がいいだろ?」
 光輝は弟に、ニッと笑ってみせた。