Star.3 命と記憶

 行く手には大きな館があった。重い扉を開くと、内装も調度品も古式ゆかしいものばかり。
「ここが?」
「俺達の“総帥”の屋敷だ」
 怜が答えた。向き直ると一番奥の扉を開ける。
「「戻りました、総帥」」
 恭しく一礼する2人。部屋の中には大きな机があり、そこに向かって座る一人の・・・少年がいた。
「ごくろうさま」
「・・・“総帥”?」
「ああ、そうだ。僕の名は皇 陽一(すめらぎ ひいち)。この『裁きの里』を統べる総帥だ。・・・よく来た、香坂 明莉さん」
 どうみても12歳前後にしか見えない少年は、そう言って不敵に微笑んだ。
「まず、何から説明すればよいかな」
「・・・あ、あの機械兵士いったいなんなんですか! 何であたしが狙われるんですか! この右手のこともご存知なんですよね!?」
 これにはさすがの陽一も苦笑を隠せない。
「落ち着いて・・・まず、あいつらは『ノクターン』という組織が開発した機械兵士で、正式名は『プレヒューマン・スカル』・・・」
「それはさっき聞きました!!」
「そうか。じゃあ何のために作られたものか、は?」
「い・・・いいえ」
 落ち着いて返答する陽一の態度に、明莉は力が抜けて静かに首を振った。
「『ノクターン』は・・・危険な実験を行っている集団でね。と言っても人間は指導者として君臨している男一人だけ、あとは個性を持たない機械兵士と、ごく数人の幹部である『プレヒューマン』だ」
「『プレヒューマン』・・・?」
「・・・あの機械兵士を骨組みにして人間の“皮”をかぶせ、精神データをインプットして造られた・・・“擬似人間”だよ」
「か、皮っ、皮って、」
「・・・人間の皮膚組織だ、本物の。だからあの機械兵士はプレヒューマン・『スカル』と呼ばれるんだ。擬似人間の骨だから。・・・まあ一人の人間の皮を丸々被せるんじゃなくて、少量の組織を取り出したものを培養して使うんだけど・・・」
 口調は冷静だが、陽一の顔はだんだん苦渋を帯びてくる。明莉は青ざめた。
「な、なんのためにそんなこと・・・」
「『不死の命』を作る実験の一環。ゆくゆくは本物の人間に機構を埋め込んで不死にしたり、死んだ人間の遺骨やなんかからDNAを取り出し、それをもとにして蘇らせるなんてことも考えてるらしい」
 明莉はこのとき気づいていなかったが、背後にいた北斗と怜は唇をかんでいた。
「僕らは、そいつらの計画を阻止するための組織の一員だ。里全体で事に当たっている」
 明莉は息を呑んだ。
「そして君が狙われた理由だが・・・君は・・・」
 陽一は言いよどんだ。重い沈黙が流れる・・・

 と、それを突き破ってバターンという派手な音が響いた。扉の開いた音だ。
「あーかーりーっっ!!」
 入ってきたのは明莉より少し年上に見える青年だった。勢いよく突進してくるなり、いきなり明莉に抱きついた・・・
「お帰り、お帰り!! やっと戻ってきた!! 俺の明莉が帰ってきたー!!」
「え、あ、あの、え、?」
 さっきまでとは違う種類の混乱に襲われている明莉だったが、大いにため息をついた怜が青年を引き剥がしてくれた。
「・・・まだ話の途中だ。少しどいててくれ、兄貴」
「『兄貴』!?」
「そう、天河 光輝(あまかわ こうき)、俺の兄貴。ちなみに俺達と北斗はいとこ同士だ」
「・・・へえ・・・」
 言われてみれば顔立ちは似ているが・・・中身は、なんとも言えなさ気だ。すると光輝が不思議そうな顔をした。
「何今更自己紹介してるんだよ? 俺達幼馴染じゃないか」
「お、幼馴染!!? 何のことですか!?」
「覚えてないのかよ? 俺達あんなに仲が良かったのに!」
「兄貴、総帥から何にも聞かされてないのか? っていうかいつ帰ってきたんだよ」
「ついさっきだよ。鷲沢さんから明莉が帰ってくるって連絡もらってさ、超特急で!」
 さらにため息をつく怜。
「総帥、話の続きをお願いします」
 北斗が言ったことで全員が陽一のほうへ向き直る。
「分かった、そのことも含めて話すよ。明莉が狙われているのは、君がこの里の住人だったからだ。5歳までこの里に住んでいた・・・そこにいる3人と仲が良くてね。
 その記憶がないのは、・・・僕が封印したからだ」
「ええっ!!?」
「君が5歳のときに、この里を舞台に戦争が起きた・・・ノクターンの奴らが敵対する僕達をつぶしに攻め込んできたんだ。君と両親はその戦火を逃れて外の町へ出て、安全のためにそのまま留まる事になった。
 そのとき君の脳裏にはその戦争の恐ろしい記憶が刻まれていた・・・外で生きていくためにはその記憶を消す必要があったんだ。何かのショックで思い出さないように、それ以前の記憶も一緒に」
「・・・そうだったんですか・・・」
(でもそれって・・・北斗も怜も、私のこと知ってたってことだよね。それなのにずっと初めて会ったふりして・・・)
 明莉は3人を見た。光輝は悲しそうな、でもどこか安心したような複雑な表情だった。怜は目を伏せている。北斗も、どこか沈んだような目をしていた。
「君には部屋を用意してある。孤児院には連絡しておくから、今日からそこに住みなさい。・・・それと」
 陽一は間を置いて、とても大切なことを告げるように言った。
「君の右手の力のことは、ここにいる以外の誰にも話さないように」